Manga(劇画の誕生)
- 劇画への道 / 永島慎二、真崎・守、影丸譲也
- ガロ / 白土三平、つげ義春、つげ忠男、水木しげる、滝田ゆう、
- 安部慎一、鈴木翁二、古川益三、菅野修、安西水丸、ますむらひろし
- せつない愛 / 林静一、上村一夫
- 暗き怒り / 山上たつひこ、ジョージ秋山、宮谷一彦、佐藤まさあき、
- かわぐちかいじ、長谷川法世
- 葉隠(武士道) / 平田弘史、小島剛夕、神田たけ志、ケン月影
- 少年漫画魂 / ちばてつや、石森章太郎、横山光輝、永井豪、手塚治虫
- 恐怖・不条理 / 楳図かずお、日野日出志、吾妻ひでお、諸星大二郎
- 丸尾末弘、花輪和一、福山庸治
- Love機械 / 望月三起也、松本零士、石川賢、大友克洋
- 官能劇画 / 石井隆、ダーティ松本、内山亜紀、ひさうちみちお、宮西計三、ふくしま政美
私の少年時代、昭和20年代は、漫画は貸し本屋から借りて読むものでした。貸本漫画は子供向けに大量生産されており、その内容は紙芝居、駄菓子を売り、声で伝えられた物語=黄金バット
などの勧善懲悪の世界と、戦前の漫画、冒険ダン吉や戦後生まれの新聞の4コマ漫画「さざえさん」などのギャグ漫画、そこに戦後、新たに生まれた赤胴鈴之助を描いた武内つなよし、
矢車剣之助の堀江卓などがいました。もちろんジャングル大帝の手塚治虫も当時は貸本漫画でありました。
昭和も30年に入る頃から、大量のオマケを付けて子供達の人気を集めた子供向けの少年、少女の月刊誌に漫画が入り込んでいきますが、大きな転換点になったのは、昭和34年に週刊少年サンデー、週刊少年マガジンが出版されたことです。当初は友達の間で回し読みしていたのが、販売日を待ちかねて、買って読むものに変わっていきます。その時代に漫画を支えたのが、手塚治虫とその門下生達、鉄人28号の横山光輝、おばQの藤子不二雄、おそ松くんの赤塚不二夫などのときわ荘の面々であったのです。
週刊漫画の全盛は、貸本屋から子供達がいなくなったことを意味し、貸本は子供以外の大人、工員や運転手、当時ニコヨンと呼ばれた肉体労働者など、社会の下層に位置づけられた男達向けの新たな貸本文化が生まれてきます。エロとギャンブル、暴力を基調とした暗い情念と鬱屈した思いを解消できる、犯罪的な復讐や思いもかけない幸運、ギャンブルで途方もなく勝つ、あるいは肉感的な女性にもてるといった、社会のアウトロー、一匹狼やヤクザを主人公としたストーリーが中心でした。
昭和40年代の後半頃、子供向け、大部分、男の子向けであった漫画に、青年向け漫画への挑戦が始まります。当時は大人が漫画を読むのは恥とされ、早く漫画を卒業しなさいと、親にも先生にも言われたものでした。漫画を卒業して、きちんとした文学を読みなさいということです。
この青年漫画への挑戦は、小学館や講談社などの大手出版資本によってではなく、一部の漫画家とマイナーな出版社、一部の青年読者層がそれに応える形で始まります。大手の週刊漫画の中でも、わずかづつ萌芽し始めます。それが永島慎二であり、真崎守、影丸譲也などであり、ヒットが生まれます。ストーリー漫画的な要素を持ちながらも、青年が悩み苦しむ姿を漫画に仕立てていきます。一方、貸本漫画の方からも、エロと暴力の、繰り返し繰り返し同じテーマで量産される漫画に、新たな創造の場を求めて貸本でない「雑誌」、ガロが創刊されます。草創期のガロを経営として成立させたのが、忍者武芸帳やカムイ伝を描いた白土三平であったのです。ここに劇画が誕生します。当時は漫画家も、マイナー出版社も貧乏のどん底にありながら、必死に漫画を描き、細々ながら出版されたのです。つげ義春の漫画にはそれがよく表われています。
昭和60年代末から始まる激動の時代に、劇画は爆発的な成長を遂げていきます。少年マガジンは子供向けの漫画から青年向けの漫画へ大変身します。そこに生まれたのが、ちばてつやの「明日のジョー」で、全共闘世代やそれ以降の世代に大きな影響を与えます。その他、数多くの傑作が少年週刊誌に登場しマンガは大いなる活況、大いなる時代を生み出します。
この変動に巻き込まれたのが、業界をリードしてきたストーリー漫画の旗手、手塚治虫でした。もはや手塚的な可愛らしい顔が受け容れられなくなったのです。危機を感じた手塚治虫はガロに対抗するCOMを創刊し、「火の鳥」を発表し劇画に転身していきます。
劇画の成功によって、漫画週刊誌は数百万部の読者層を獲得し、漫画家を夢の職業にのし上げていくことになります。大手出版社はマーケット・セグメンテーションの技法から、ビッグ・コミックなどの青年漫画誌を生み出すと共に、あまりにも子供から遠くなった少年サンデーやマガジンが、少年ジャンプによって市場を食い荒らされたことを契機に、もう一度、子供向けに仕立て直していくのですが、それらはこのHPとは話が違いすぎます。このページでは劇画の登場から隆盛、特に70年前後までの状況を記述します。この時代、ひたすら暗い漫画が流行することと、この時代は女性漫画家は独自の世界の中にいて青年達とは無関係であったことです。