Music(音楽)
70年代の音楽は欧米からフォークソング、ロックの大きな波が押し寄せてきます。戦後、何だかんだアメリカ音楽、特に進駐軍への慰問というかベースキャンプや横浜、横須賀のバーで米兵相手にジャズを演奏していた連中が基盤になって形成されてきた日本の洋楽、歌謡曲の世界は、20年の時間を経て、それなりにプロダクション・システムを形成し、ある種、排他的な芸能世界を構築していました。この芸能世界が新たな若者文化に激しく揺さぶられます。忘れてはならないことは、多くの人達は、当時のロックやフォークに惹かれていたわけではありません。洋楽においても、イージー・リスニングの方が圧倒的な人気があり、観客動員も多かったのです。それが70年代も終わる頃、世代の交代の中で変化していくのです。次第に従来の音楽の勢いが失われていくのです。
何と言っても、当時、レコードを買い、音楽を楽しむのは若者でしたから、若者文化が既存の芸能界を離れた形で作られていくことは脅威そのものであったのです。当初は反発と、新たな動きへの妨害を繰り返した芸能界と雑誌ジャーナリズムは、70年代の半ばに達する頃には、敗北し、若者に擦り寄る形で抱きこみを図っていくことになります。
海外 日本
| Rock 60年代末 HardRock ProgressiveRock Folk 60年代末 SingerSongWriter Soul |
最終的に商業的に大きな成功を収めたのは、当時ニュー・フォークと呼ばれたフォークソングです。旧来の芸能プロダクション・システムを壊す力を持ちます。その一方で欧米から押し寄せるロックに日本的な形で取り入れるのに四苦八苦し、フォークとロックの区分けが曖昧で混然としています。ここでも敢えて区分しています。ロックは結局、キャロルなどが作り出すアメリカの1950年代のそれであったことを考えると、ハードロックもプログレも日本人からは生み出されることはなかった、と言えるのではないでしょうか。ロックをどのように定義するのかは、私が口幅ったいことを言える立場ではないのですが、内心からこみ上げてくるプロテスト・ソングという原点がない、単にリズムやエレキ・ギターを使うという表面的なものだけではないと思うのですが・・。それはフォークでも同じで、次第に民衆の歌という感覚が失われ、皆が口ずさめる歌でなくなっていく中で、80年代にフォークとロックが入り混じったニューミュージック、J-POPが生まれてきます。今、日本のロックと称せられていたものを聴くと、ニューミュージックです。
商業的成功の二番目に位置するのは演歌です。売れ行きではフォークを超えます。戦後の日本を引っ張ってきた歌謡曲の中から、情念を振り絞る形で析出され、この時代に確立します。演歌を喪った歌謡曲は次第にニューミュージックに吸収されるというか、歌謡曲がニューミュージックになったとも言えるかもしれません。この動きはアジアでは意味があったかもしれませんが、世界の音楽の動きとは何の関係もないものです。
同時代的には様々な音楽のジャンルが並存しており、音楽性という意味での前衛的な実験を担ったのは、商業的な成功を収めたフォーク、演歌ではなく、現代音楽やフリージャズでした。日本の現代音楽やフリージャズは、世界的に評価も高く、世界で活躍する人材を輩出します。しかし、現代音楽やフリージャズは60年代半ばから盛り上がっていきますが、70年代初めに急速に勢いをなくします。日本だけではなく世界的にも同じで、壁に突き当たり、リバイバルという形で、前衛的な実験は大幅に減少します。過激な実験音楽に聴衆がついていけなくなっていたのです。逆に、フォークソングや演歌は、70年代に入って以降、多様な人材を集めて隆盛を迎えます。フリー・ジャズや現代音楽、今日のニュー・ミュージックに何らかの影響を与えているかと言うと、素人の私に分かるような水準では、まったくない。日本のフリー・ジャズ、現代音楽は欧米に影響を受けて反応した日本のインテリの知的遊戯であったと酷評されても仕方がないのではと思うのです。