流通の改革をなしえなかった日本のスーパー
スーパーの流通改革
アメリカにおける業態の革新を考える時、ロビンソン・パットマン法の影響は非常に大きいと考えられている。簡単な比較表があるので参考にしてもらいたい。
ロビンソン・パットマン法は過激な過当競争や、各種リベートなどの不正行為の蔓延に業を煮やして作られ、日本の流通や商業の法律とは違って、訴訟社会なるが故に厳密に運用されている。
ロビンソン・パットマン法の最初の立法理由は異なっていたのだが、大ロットで仕入れることにより大幅な価格の削減が可能になり、社会的な合理主義が徹底されていく結果を導くことになった。それが日本とは比較にならないほどの利益率を叩き出すことになった。
利益率という株主資本主義が常に事業に問い続けることで、いかにして利益を上げられるかを追求していくことになる。
ところが日本では、この合理主義が利かない。全体の購入量で価格が決まるため、注文が大ロットだろうが、小ロットだろうが、仕入価格は変わらない。納入の運賃は納入業者負うことから在庫のリスクを負いたくないので小ロット多頻度の納入を促進させることになる。流通の合理化とは逆方向に進むことになる。
スーパーの経営者は我が国の流通には規制が多すぎて合理化ができないと言い訳しているが、彼らこそが、この流通慣行の中でヌクヌクと楽をしているのである。問屋に負んぶに抱っこ、あるいは納入業者から、いかにして毟り取るかを窺うスーパーの姿がある。
前に述べたように、スーパーマーケットは、アメリカからもたらされた新しいおしゃれな小売業なのであって、安売りが本質的に求められている、安売りに懸命に努力する小売業ではない。カルフールが進出してきた時に、日本の消費者が求めたのは、カルフールの主要業態であるハイパー・マーケットとしての価格の安さではなく(そんなものは日本のイオンやヨーカドーで良い)、フランスのおしゃれな店、商品だったことは記憶に新しい。
ダイエーの挑戦、流通革命に至らず 
問屋制度の打破は初期の頃からスーパーが取組もうとした課題であった。中でもダイエーは最も果敢に挑戦し、それが故に注目される存在であった。
薬屋であった時代から、バッタものを意欲的に品揃えし、全国を駆け巡ったといわれる中内氏は、松下に挑んだ家電、牛肉の調達のために牧場を手に入れるなどが有名である。業界から流通秩序を乱すものとして激しい抵抗が起き、販売力を強化して対抗、拡大路線をひた走る事になる。
他のスーパーも、バイイング・パワーによって仕入価格を引き下げる路線を踏襲する。スーパーは欧米のそれとは異なり、流通のショートカットによる合理化ではなく、規模拡大により、納入業者を叩くことで仕入価格を引き下げ、その力で零細な専門小売商を潰すことによって成長、拡大を行ったと言えるのではないだろうか。巨大な販売力でチャネル・キャプテンとして君臨する。それが問屋の横暴とは別の形で多くの問題を引き起こしていくことになる。
専門小売商の方は、大衆商品の安売り攻勢の中で、自らの商品を見る眼を消費者に還元できず、高度化していく消費、おしゃれな店で買いたい、早く買い物を済ませたい、車で買い物に行きたいなどのニーズに応えきれず、息子などの後継者に将来を示せずに自壊していった。
スーパーは問屋制度そのものを壊すことはなかったが、零細な小売商を潰すことにより、より優越的な地位を踏み固めていった。
スーパーが革新したもの
スーパーが在来型の小売店から革新したものは、やはり職人的な技、技術、もっぱら問屋から仕入れたものを流通加工して商品にしていく技術、商業的なセールス技術から、解き放ったことが上げられるだろう。
納入業者側が、とことんまで商品にしてから納品する方式がとられていく。確かに安土氏が述べるように生鮮品については、店内加工の分業化、合理化を行い、作業システムを組み上げた事は大きなものであったろう。しかし、生鮮品の店内加工とセントラルパッケージ(カミサリーシステム)とは明確な鮮度の差別化が図れたとは思えない。圧倒的な品質差、コストの差が生まれなかったことは、大変な成功とは言い難い。
むしろ商品化という点で、スーパーはパッケージ化を推し進めていった点で、熟練した店員を必要としない店作りに成功してきたといえるだろう。そして大規模な大型店のチェーンを経営できているという事実から、きめ細かな予算、コスト管理、適正な投資による経営のノウハウが蓄積されてきたといえるだろう。
一方では、海外進出した大型スーパーの多くが撤退を余儀なくされたということは、マネジメント手法としてインターナショナルなものではないということも、一面の事実かもしれない。
スーパーという業態は、究極のものでもないし、いまだ革新というものに遠い存在であることを知っておくべきなのである。