志摩スペイン村のパレード
〜テーマパークだらけ〜
87年にリゾ−ト法が成立すると、全国で様々なリゾート計画が発表されますが、その中でも多かったのがテーマパークでした。
テーマパークといえば東京ディズニーランドですが、オープンが83年、驚くべきほどの成功がもたらされます。オープンから2ヵ月後には入場者は100万人を超え、全国から客をかき集めます。その後も一向に客足は途絶えず、半年後には500万人、1年を1ヶ月過ぎたところで1千万人。開園5周年を5千万人を超える来場者で迎えるのです。この成功は全国の自治体や遊園地経営者などをテーマパーク作りに走らせることになります。
83年には長崎オランダ村がオープンし、83年はテーマパーク元年と後から言われるようになりますが、それまでにあった大規模遊園地は10箇所程度だったものが、バブル期には一挙に40を超えるテーマパークがオープンし、猛烈な建設ラッシュが起こります。しかも、その規模は非常に大きなものが目白押しになります。一時は200を越える建設計画があったとも言われています。全国の都道府県に及び、多くが公共機関との結びつきから、バブル崩壊後も建設は続いていきます。バブルが崩壊し、不況が深化していた97年時点で、テーマパーク数は65に及び、以降、倒産が相次ぎ、4年後の2001年にはその数、46に減少します。1年に平均して5つのテーマパークが破綻、廃園に追い込まれたのです。ディズニーランドの一人勝ちの様相を濃くするようになり、不況の深化は、バブル期以前に作られた大型遊園地の廃園さえも、もたらされることになります。

長崎オランダ村(開園1983年、閉園2001年) ハウステンポス(開園1992年、2003年破綻)
このようなテーマパークの建設ラッシュは、テーマパーク自身のテーマを著しく類似したものにしてしまう結果になりました。最も多かったのは、長崎オランダ村のような外国の建物や文化を、コピーして持ち込まれたテーマパークでした。いわば、海外、ほとんどがヨーロッパの都市でしたが、街並みをフェイクして、それらしい雰囲気のものを作る。これが全体の1/3を占める。つまり日本のあちこちに擬似的なスペインやカナダ、ドイツ、イタリアなどが出現したわけです。



グリュック王国(帯広市 開園1989年、閉園2003年)


カナディアンワールド公園(芦別市 開園1990年、閉園97年)

志摩スペイン村(三重 開園1994年、2006年経営再建) レオマワールド(丸亀市 開園1991年、2000年閉園)


呉ポートピアランド(呉市 92年開園、98年閉園)


ナムコ・ワンダー・エッグ(1992年開園、2000年閉園)
こちらは泳ぐことがメインで、人工の波を作って海浜らしさを演出しました。


シーガイア(宮崎 開園1994年、2001年破綻)

ワイルド・ブルー・ヨコハマ(開園1992年、2001年廃園)
その次に多かったのは、日本の文化や歴史をテーマにしたものですが、その代表が日光江戸村をあげることが出来ます。その他、文化芸術関係のテーマパーク、映画関係があり、ディズニーランドなどのファンタジー系は作るのが難しいというか、想像力が働かないためか、それほど多くはありません。

鎌倉シネマワールド(95年開園、98年閉園)

富士ガリバー王国(上九一色村 97年開園、2001年閉園)


アジアパーク(熊本県荒尾市 93年開園、2000年閉園) 上の写真は廃墟となったアジアパーク 撮影:http://www.geocities.jp/ramopcommand/_geo_contents_/asiapaaku.html

チボリ公園(倉敷市 97年開園、2001年経営建直し)



スペースワールド(北九州市 90年開園、2005年破綻)


新潟ロシア村(1993年開園、2003年閉園)
大阪のドヤ街に出現したフェスティバル・ゲートも、総事業費393億円、負債380億円というお笑い的な結果になります。

フェスティバル・ゲート(97年開業、2004年閉業)
ネイブルランド(大牟田市 95年開園、98年閉園)
こちらは無事に生き残っていますが・・・・。
世田谷区二子多摩川 ナムコ・ワンダーパーク
写真は百瀬俊哉