企業の変貌


金融敗戦の衝撃は、日本の企業社会を大きく揺さぶります。

Japan As No.1 という幻想が叩き潰され、新たな敗戦処理が始まります。それは猛威を振るうヘッジ・ファンド、今でも禿鷹ファンドと、半ば揶揄、半ば恐れを持って言われますが、新たな占領軍、外資系金融機関の大きな影でした。日本長期信用銀行の売却などに関与し、莫大な利益を享受したともいわれます。

戦後、日本の企業を支えてきた終身雇用制、メイン・バンク制、法人資本主義と言われた株式持合い制度、政府による手厚い保護(規制)と通産省の指導の下での経営、膨大な数の特殊法人。すべてコスト高の要因であり、しがらみによって、抑え込まれたと同時に、何も考えなくても、人様のやること、国が言うことを聞いて実行していれば、安泰であり、持続的に発展し、豊かになれると思い込んでいたものが、根こそぎ否定されたのです。

経済評論家達が持ち出したのが、Global Standard という魔法のような言葉でした。世界標準=アングロサクソン流の株主資本主義です。

NewYork証券取引所 アメリカ財務省

こういうことにかけては、実に目敏いというか、何かわけの分からない連中が跋扈します。流行語に弱い企業幹部が追随します。
まずトップの名前が、
CEOだか、CIO、COOだかに変わります。
経営の重点がキャッシュ重視、資産やマーケット・シェアではなく、利益、しかも数字の利益ではなく、手許現金にウエイトを置く経営に変化します。売れない在庫を抱えるリスクが、とてつもなく大きくなっているのです。いくら時間が経っても消化されない在庫は不良債権そのものに考えられるようになります。土地や設備も同じです。稼げない不動産はいらない。

続いて登場したのが、成果主義です。倒産と激しいリストラの嵐の中で、サービス残業が蔓延しています。労働は苛酷なものになっていきます。不況の自殺に加えて、過労による自殺、過労死が激増します。

その中での成果主義であることに注意する必要があります。成果主義の象徴が、ストック・オプション、正確には Employee Stock Options と言いますが、成果報酬として自社株を従業員や幹部に成果に応じて譲渡、配分するものです。アメリカ的には、これで従業員の帰属意識も高まり、高額のボーナスを支払う負担が減るというもので、相当に広く普及した方法です。ところが日本では、どうも幹部連中がお手盛りで得ただけだったようですが・・・。

大流行するのが IT です。インターネットの丁度、普及期に入る直前であったことから、わけの分からない IT旋風が巻き起こり、次回、お話する ITベンチャーが雨後の竹の子のように群生する。やれB2Bだ、B2Cだ、何かもう死語ですな。ITさえやれば、何か凄いことができるという、マスゴミの垂れ流し、経済評論家の垂れ流しはひどいものでした。

でも、何だかんだ言っても、日本の企業社会は、高度成長期とは様変わりしていきます。名門企業の凋落は著しいものがありました。バブルの負の遺産から始まって、急激に起きたデフレが、これまでやってきた事業経営の方法をオシャカにしたのです。

大企業では50人とか、60人とかいた名前だけの、年功序列の最終ランナーの役員連中の首を切ります。続いて正社員を解雇し、派遣やアルバイトに切り替える企業が続出します。人件費が重いのです。

必死に身軽になろうとし、実際に身軽になっていく。身軽に早くなれた方が勝ちなのです。

ここに中国の台頭もからんできて、ユニクロや100円ショップなど、とことん中国での生産にシフトする。しかもスピードがすべてのような新興企業が大きなシェアを握るのです。

そして金融です。いかに有効に手許にある金を運用していくか、フィナンシャル・プランナーが花形に躍り出てくるのです。