




金ピカの時代〜バブルの男と女〜
ボディコンといえば、もはやコスプレしか生き残っていないようですが、バブルは女性を女王様にしてくれたのかもしれません。そして女子大生が最も価値が高い時代だった。今回も、ほぼ週刊誌ネタでいきます。


アクロス「80年代の墓碑銘」
80年代に入る頃から合コンが六本木、新宿で盛んに行われるようになります。バブル期には、異業種交流会という名の合コンが活発化してきます。このことは職業柄、よく覚えています。
男女機会均等法から女性に総合職という就職スタイルがキャリア・ウーマンの名と同時に成立し、合コンに拍車をかけていくことになります。
女性が複数の男と付き合うのが当然視され、「アッシー」「メッシー」「ミツグ」「本命」と使い分ける。アッシーとは電話1本で車付きですっとんで来てくれる便利な男であり、メッシーとは食事を奢ってくれる人も入るけれど、お勘定の時に、これまた電話で呼び出すと、自分は何も食べてないのに、嬉々として支払をしてくれる男だそうで、ミツグ君とはちょっと頼むだけで、ブランドものをどんどん買ってくれる男。よくもまあ、何が楽しいんだか・・・女王様にお仕えする奴隷のごとき様でした。
クリスマスは凄いことになっていて、ティファニーのリングを贈るのが定番化し、三越のティファニー売場(まだ、専門店は進出してきてない)は特売会場のように、人が群がったといいます。
赤プリ(赤坂プリンスホテル)や、当時オープンした赤坂東急ホテル、横浜プリンスホテルのクリスマス予約は1年前から埋っているといわれ、特に横プリといわれた磯子の山の上にあって、海の眺めが素晴らしい横浜プリンスの人気は絶大なものがあった。
当然、高級レストランは予約で手一杯になっており、1週間前なんかでは、どうにもならない。1ヶ月前がギリギリセーフ。
クリスマスはご飯とホテル代で5万円、プレゼント5万円が最低ラインといわれ、20万、30万の金が平気で費消された。本田透氏の唱える「恋愛資本主義」が闊歩し始めた時なのです。
参考:悪夢の辞典「出会い」(保管用)