金ピカの時代〜肉体の躍動:スキー〜

リゾート建設の大きな目玉になったのはスキー場の建設です。
長野、東北、北海道で大規模なスキー場建設ラッシュが起き、バブル期を象徴する高級リゾートがどんどん作られます。
アルファリゾート・トマム、サホロ、カブトデコムが開発したエイベックス洞爺など、スキー場とともにホテル、リゾートマンション、ゴルフ場などが一体的に開発され、欧米並みのリゾートを目指して、数百億円が投入される。

        エイベックス洞爺(現、ウインザーホテル洞爺


雪が降らない場所には人工降雪機が導入され、無理やりにでもスキー場になっていきます。
リゾートマンションは一戸3000万円程度で販売されますが、近場の苗場、越後湯沢などは大人気で、バブル期には1億円近い値段に跳ね上がったと思いました。
究極のスキー場が千葉県船橋に建設されたザウス (SSAWS "Spring Summer Autumn Winter Snow") です。屋内スキー場としては世界一を称し、高低差100m、長さ500mを誇り、会社帰りにスキーができるということで、オープン当初は列をなすほどの人気でした。
ザウス

これらの多くのリゾート、テーマパーク、そしてザウスも、バブル崩壊後に建設されたもので、後に悲劇的な結末を迎えることになります。

スキーブームは、ホイチョイ・プロダクション制作の87年公開の『私をスキーに連れてって』が切っ掛けとも言われ、ユーミンの「恋人がサンタクロース」の挿入歌がヒットします。

  恋人がサンタクロース
  本当はサンタクロース プレゼントかかえて
  恋人がサンタクロース
  寒そうにサンタクロース 雪の街から来る
  恋人がサンタクロース
  本当はサンタクロース つむじ風追い越して
  恋人がサンタクロース
  背の高いサンタクロース 私の家に来る

映画は見なくても、CMで流れるこのリフレインは耳に焼き付けられました。

この頃、スキー客向けに深夜スキーバスが運行され、雲霞のごとくスキー場に押し寄せていきます。客を奪われたJRがシュプール号を走らせ、負けずに出したCM曲がヒットするおまけもありました。

映画:私をスキーに連れてって  

リフトはヨーロッパ・スタイルの2人乗り、3人乗りが導入され、山が切り開かれ、何本ものリフトが並行して走る。
スキー・マニアは雪質にこだわり、国内では八幡平以北の東北、北海道を目指し、カナダやヨーロッパにスキーに出かけていくのが当然のような雰囲気となっていました。

ブログには、こんな記事も
バブルの時期、関越道に通じる目白通りは、週末、大渋滞。高速に乗るまでに2時間以上かかったこともしばしば。裏道さえ渋滞していて、うっかり「抜け道」に入って、抜け出せないことも。やっとの思いでたどり着いたスキー場も、駐車場は満車。 リフト待ちは40分なんていうのが当たり前。 ゴンドラ2時間待ちも珍しくなかった。

アルファリゾート・トマムの破綻については、研究論文がありました(バックアップ)。
バブル崩壊によるスキー場の倒産情報はこちらに▼スキー場がヤバイ?▼バックアップ