〜超大国の衰微〜
1980年代に入ると超大国ソ連とアメリカの衰微が目立ってきます。その間に上昇してくるのが日本でした。超大国の衰微こそが、バブルへと舞い上がっていく大きな一歩になります。まずは、
ソ連
80年代初頭、ソ連は堂々たる大国の地位を保ってはいましたが、次第に経済状況は悪化し続けていました。硬直した官僚制が、その最大の問題でした。国民の全てが公務員という社会では、意欲もやる気もありません。コンピュータ、特にパソコンを中心としたコンピュータの小型化、低価格化、ネットワークの形成には、まったくと言ってよいほど対応不能でした。技術革新への遅れが降り積もっていました。
しかし、最大の契機になるのは、アフガン侵攻の泥沼化でした。ベトナム戦争のソ連版になったことです。

1979年の侵攻から、撤退の1989年まで、10年間にわたる戦争によって、多くの若者が死に、生きて帰ったものにも、大きな後遺症を残しました。国際的にも、モスクワ・オリンピックの西側諸国のボイコットがある等、その威信は大きく低下しました。
撤退するソ連兵
そして、もう一つはチェルノブイリ原発の事故でした。1986年4月26日に起きた原発事故は、ソ連国内だけでなく、周辺のヨーロッパ諸国にも、農産物を中心に大きな被害を及ぼし、その対応の拙さから、ソ連の威信は大きく低下するのです。

犠牲になった子供達
そして1992年12月、ソ連が崩壊。超大国の地位から、滑り落ち、社会主義・共産主義が終焉を迎えるのです。

アメリカ
(ブラック・マンデー)
87年10月19日にブラック・マンデーが勃発します。この日ニューヨーク株式市場は508ドルという史上最大の暴落を記録し、世界同時株安を引き起こします。この同時株安を救ったのは東証の底堅い動きだったといわれ、世界を救ったとさえ讃えられます。ドルを買い支え続けた大量の資金が国中にあふれてバブルを加速させていったのです。

だが、アメリカ経済はどん底に陥ります。ニューヨークの市内には物乞いがあふれ、殺人、強盗事件が頻発、暗く危険な世界でも有数の危険地帯になります。保険金を当てにした放火事件が頻発し、地下鉄には女性や子供は乗れなくなります。
消費は極端に冷え込み、サックスやブルーミングデールなどの名門デパートも破綻の危機にさらされ、不動産王ドナルド・トランプは破産した。90年になると不動産融資で巨額の不良債権を抱えたシティバンクはじめ大手銀行が軒並み破綻の危機を迎え、日本の銀行に援助を求める事態にまで進むのです。アメリカの資産を買い漁る背景が作られていきます。
強大な日本企業の前に、アメリカの製造業の衰退が顕著になり、各地の工場が次々と閉鎖されていきます。街には失業者が溢れ、病的な社会現象が注目されます。その代表がエイズと、ホームレス、連続殺人鬼でしょう。
(エイズの衝撃)
AIDSはウイルス(HIV)が人間に感染することによって、免疫(病気を防ぐ)の仕組みが破壊されて、様々な病気に感染、死に至る病として、突然、アメリカで登場します。感染スピードの速さ、死亡率の極端な高さが激しい恐怖を巻き起こしていきます。最初は性的接触、ホモセクシュアルの人達に多く発生したことから、不道徳の罪という認識が広がります。
ホモセクシュアルは70年代からアメリカでは社会的な認知が、折からのヒッピー・ムーブメントや社会的弱者への解放運動により、進んでいました。ハードゲイと呼ばれる革ジャンを着た筋肉盛り盛のお兄さん連中が、パートナーを求めて専門のバーに集う姿は衝撃的なものがありました。アル・パチーノ主演のクルージングは、まさにその世界を現したものです。ゲイ、あるいはホモ、レスビアンは文化の先導者という役割を負っていました。



写真:長濱治 映画「クルージング」アルパチーノ
その芸術家達にエイズが発症します。著名なアーティストが、痩せ細り、エイズ特有のカポジ肉腫に覆われた身体を曝し、悲惨な最期を遂げ、その姿がTVで報道され、大きな衝撃を与えます。俳優のロック・ハドソン、ミュージシャンのクラウス・ノミ、フレディ・マーキュリー、画家のキース・ヘリング、写真家のメイプルソープ、哲学者のミシェル・フーコーが有名です。著名人のリストがWikipediaにありましたのでリンクしておきます。
「20世紀1986」講談社から
すぐにホモではない普通の人にも感染者が現れ、しかも性的な接触ばかりでなく、キスは厳禁、それどころか電車の吊り革や、歯医者がエイズであったために感染することも出てきて、極端な恐怖が蔓延していきます。人類が滅びる恐怖が世界中に広がっていきます。売春や麻薬(注射針で感染)の街で猛烈な流行を見せ、東南アジアやアフリカで、猛威を振るっていきます。日本でもアーティストが変な死に方をするとエイズではないかと疑われました。
アメリカの話ではないですが、私が最初にパリに行った時、有名なムーラン・ルージュのあるピガール広場は、着飾った売春婦が、びっしりと道路を埋め尽くし、実に派手、華やかでした。それが二度目、AIDSの騒動が一段落した後、広場には人っ子一人立っていませんでした。暗い夜の広場でした。数日後に男達がゾロゾロと歩いていくのを見て、どこに行くのだろうと、ついて行った所、暗い壁際に黒人の女など半裸に近い格好で客引きをしていました。売春は、密かな暗がりで行われる、惨めさが漂う世界に成り変わっていたのです。
(ホームレス)
不況の中で、職場を追われる人が続出します。住む家もなく追い立てられた人々が路上生活者に落ちていきます。それをホームレスと名づけられます。豊かな国のアメリカで、それ程、貧しい人々が大量に出てきたことが、大きな衝撃で迎えられます。子供を連れたホームレスも、たくさん、見られました。まるで大不況時代のようでした。ついこの間まで大企業に勤めていた人が、教会で出される炊き出しを頼りに生きるところにまで追い詰められていました。

アメリカのホームレス
(連続殺人鬼)
Serial Killerと呼ばれる連続殺人鬼は、快楽殺人とも、劇場型殺人とも呼ばれ、最初はアメリカの病理のようにいわれましたが、すぐにヨーロッパでも、日本でも現れるようになります。猟奇性は、強い関心を引き起こし、連続殺人犯をカリスマに引き上げていくのです。70年代初めに起きたチャールズ・マンソンによるシャロン・テート殺人事件が、スーパースターのように、甦ってきたのです。
エドゲインは、「悪魔のいけにえ」、「羊たちの沈黙」などのモデルになったといわれています。また、36人を殺したとされるテッド・バンディなど、驚くべきほど多彩な顔ぶれなのです。詳しくは、プロファイル研究所で。


連続殺人鬼テッド・バンディ エド・ゲイン
ソ連崩壊の後、アメリカCIAは、既にソ連は敵ではない、日本こそアメリカの最大の敵なのだとレポートを提出するのです。しかし、日本は、その報道に接してもなんらの手を打つこともなく、傍観し、やがてマネー敗戦に向かっていくことになります。私らがアメリカの敵であるわけではないではないかという、誤った認識が、大きなつけを払う羽目に陥るのです。