金余り〜地価高騰への流れ
そのころの私のポジションはバブルとは縁遠いいものです。過去の仕事を見ると、バブルが終わった後に、自治体からリゾート開発や都市開発で、どうにもならなくなった事案について、何とかならないか、と相談が持ちかけられ、相変わらず、客のニーズを無視して本音しか言わないものですから、「無理です」と言って不評を買う、そんな感じです。
リゾート法や国土庁のレポートについて、発表の当初は、目端の利く一部を除けば、関心は低くく、そうなんだ程度です。不動産の売買なんてのは、ほんの一部の人しか関係ない。地上げの対象になった人々は、嫌が応もなく巻き込まれていくことになるのですが。
好景気というのは、ゆっくりと気温が上がっていくようなもので、冷える場合も、一気に冷えるのではなく、余熱が残ります。特にバブル景気のような、非常に高い温度まで上がると、冷めやらぬ熱気が、幻想を抱かせ、また、暖かくなるのではないか、すぐに熱い季節に戻るのではないかと思い、傷を深めていくことになります。
バブルが崩壊した後、この不況は10年続くと言った評論家がいましたが、当の本人さえも10年続くとは思わなかったでしょう。
ハウステンポス
地価の高騰の前に、旺盛な企業の投資意欲が先行します。金余りが規制緩和の中で始まっています。これも膨張する貿易黒字対策であり、アメリカの要求に従ったものが多かった。金余り現象について詳しく書いたHPがありましたから、参考にしてください。転換社債やら、増資だけで87〜89年に38兆円の金が企業に流れ込んでいったと書いてあります。http://www.hi-ho.ne.jp/takayoshi/kyoko/heisei2.htm(保管用)
この膨大な資金が、輸出の好調を背景に、どんどん設備投資を行い、世界の工業製品の半分だったか、1/3を我が国一国で生産できる規模にまで達するのです。工場用地から始まった土地の取得は、次第に物流施設や営業所などの事務所スペースにも及んできます。企業の好景気は商業施設に飛び火します。銀座や赤坂などの都心部から始まり、急速な勢いで周辺部に広がっていきます。地方都市でも県庁所在地、特に政令指定都市である大阪、京都、名古屋、福岡、仙台、札幌に広がり、その周辺を巻き込みながら、嵐のように上昇過程に入っていきます。
地価の上昇は、当然のように供給を増やします。上がっているなら売ろうという人が出てくるからです。しかし、その供給をはるかに上回る需要、投機目的に、初めは玄人、次いで法人、最後に素人が参入します。
しかも、金融機関が湯水どころか、企業に出向いて金を借りてくれませんか、こういう物件、こういうプロジェクトで必ず儲かりますと売込みまでする。金が異様なまでに軽い、コピー機で刷るような感覚でほとばしり出る事態に、銀行はアクセルを入れるのです。
こうなると、無関係と考えていた人達も、欲に駆られて不動産売買に関わっていく状況になっていきます。1億総不動産屋といわれたこともあります。 そしてリゾート開発です。地方でも巨大な金が動き出します。地価高騰の波は東京を基点にして北上を開始し、福島、仙台まで達したところで崩壊に直面するのです。

ホテル川久(和歌山県白浜 91年開業、95年破綻 以後、買収)