トルコ、2001/11/28、
世界第3位のトマト・ペースト生産国トルコ(農林水産省海外農業情報トピックスより)

 

<要約>

 トマト加工品はトルコ料理の食材として欠かすことの出来ないものであるが、トルコにおける歴史は浅く、本格的な生産に乗り出したのは70年代に入ってからである。その後、政府の食品部門奨励策の一環として急速に成長し、現在トルコのトマト・ペースト輸出は加工農産物輸出の中で最大品目となっている。

 

<本文>

 16世紀の大航海時代に新大陸から地中海世界(イタリア)に紹介されたトマトは、19世紀には地中海沿岸の人々の食卓には欠かせない食材として定着していた。新来のトマトは、古代より伝わるオリーブ・オイルと絶妙に調和し、18世紀頃に始まったというイタリアのパスタとピッツァの発展を促し、現在に至るまで地中海料理の顔の一つとなっている。トマトが日本に紹介されたのは18世紀頃と言われているが、実際に日本人の食卓を飾るようになったのは昭和の食卓洋風化の頃である。

 米国へのイタリア移民の展開は米国人の食生活に刺激を与え、トマトは新大陸へ逆輸入の形で広がった。こうしてトマトは、トマトソース、トマト・ピューレ、トマト・ペースト、トマトジュース、ケチャップなどの加工品を産み出し、米国から世界に広がった。現在トマト・ペースト生産は米国が第1位で、イタリア、トルコがこれに続く。

 トマト加工品のトルコにおける歴史は意外に浅く、本格的な生産に乗り出したのは70年代に入ってからで、政府の食品部門奨励策の一環として急速に成長した。1982年に年間14万5,000トンに過ぎなかったトマト・ペーストの生産工場の生産能力は98年までに49万5,000トンにまで拡大した。現在トルコのトマト・ペースト輸出は加工農産物輸出の中で最大品目となっている。1967年に3.5トンでしかなかった輸出は、1980年には1万9,000トン、99年には17万2,000トンにまで達した。

 2000年度のトマト生産高は前年比0.74%減の889万トン(農業省統計)となり、干ばつの影響で99年を下回る結果となった。一方で2000年のトマト・ペースト生産は、前年比3.04%増の30.5万トンと見込まれている。また同年の輸出は、重量ベースでは前年比0.42%減少の17万1,142トンに留まったが、金額では26.09%減の9,162万ドルとなった。

 99年にトマト・ペースト最大の輸出相手国となった日本は、価格の低下もあり金額ベースでは前年比3.29%減の2,296万ドルとなったが、重量ベースでは6.07%増の3万1,108トンを輸入した。日本はトルコにとっての輸出シェアのうち、重量ベースで18.2%、金額ベースで25.1%を占めている。日本に続いてサウジアラビアが金額ベースで8.22%増の1,062万ドル(1ドル=約125円)となった。一方で、98年までトマト・ペースト最大の輸出相手国であったロシアは、大幅に減少した99年(81.2%減)から更に17.39%減の906万ドルと落込み、99年に第3位であったイタリアへの輸出はゼロとなった。日本、サウジアラビア、ロシア続いて、ドイツ、韓国が5大輸出相手国となっている。なお、現在トルコのトマト・ペーストは、その生産量の半分以上が輸出に充てられている。

 トルコのトマト・ペーストが日本を始めとする国際市場で現在の地位を確立することになったのは、トマトそのものの質の高さもさることながら加工技術の発展も無視できない。日本からは1987年にトルコにおける同部門最大のタット社にカゴメと住友商事が投資し、トマト加工品製販と種苗育種製販の2件の合弁企業を設立している。